医者こわい

7月初めに交通事故に遭った。

都議会選挙の帰りに、自転車に乗っていた私は、ウインカーを出さずに右折してきた乗用車とぶつかりそうになったのだ。
このままでは死ぬと思った私は、とっさに自転車を横倒しにし、自転車を車の下に押し入れることによって、直接衝突を回避した。

自転車は、当然ペチャンコになってしまった。
そして、私は車を避けるため左半身だけで2回跳躍した結果、左の肋骨の一本にヒビが入り、左足親指にもヒビ、左足ふくらはぎの筋肉損傷、左足首に捻挫を負った。
トータルで全治一か月と言われた。

だが、怪我は思いのほか早く治って、肋骨と足の親指は一週間でくっついた。
人間の体って、意外と強いもんだな、と思った。

その後、事故を起こした相手側と交渉し、治療費と自転車の弁償を話し合った。
自転車は、3年前に極道コピーライターのススキダが、私の誕生日プレゼントに買ってくれたものだった。

それまで私は、1万円以上の自転車を買ったことがなかった。
大抵は、ホームセンターで7980円で売られているものを買って3~4年で使い潰した。

しかし、ススキダが買ってくれたものは3万円以上もするスポーツタイプの自転車だった。
だから、大事に使った。
普段ズボラな私が、メンテナンスにも気を使って、愛しい我が子のように乗っていたものだった。

その我が子が、私の身代わりになって、お亡くなりになった。
そこで、相手に同等のものを弁償していただいた。

ただ、話し合いをしていくうちに、すこし風向きが変わってきた。
相手は、週に3回人工透析を受けている人だったのだ。

月水金の3回。
つまり、普段は1日おきの透析だが、日曜日は2日空いた状態だ。
ボンヤリとしていたのではないか、と私は推測した。

もちろん、そんな日に車の運転なんかするなよ、と言うことはできる。
しかし、人様には、色々な事情がある。
その細かい事情を責めるほど私は強くない。

ああ、大変だったのですね、と言うしかない。
しかも、母親が半分寝たきりだというのだ。
泣き落としか、と最初は思ったが、地域の民生委員さんに聞いてみたら、本当のことだという。

ただ、彼の父親は、ハンデのある息子のことを思い、それなりの財産を残して亡くなったらしい。
家を持ち、車を持つ生活。
それは、私より遥かに裕福な状態である。

とはいえ、人工透析は辛い。
半分寝たきりの母親も辛い。

それだったら、俺の筋金入りのビンボーの方が、まだましだよな、と不謹慎なことを思ってしまった。

自転車は新しくなったが、私は乗る気にならなかった。
そこで私は、息子の自転車と交換することにした。
いまは息子のお古に乗っているところだ。

古い自転車だが、今のところ調子はいい。
事故の後で、私は予測不能な車の動きに敏感になった。
誰もが優秀なドライバーではない。
運転に適さない人が免許を持っている場合もある。

少しでも危ないな、と思ったときは必ず止まった。
臆病なほど、車の動きに気を配るようになった。

 
さらに、事故から1か月近くが過ぎたとき、私の右肩に異変が起きた。
ごくたまにだが、右肩に激痛が走るようになったのだ。

いつも痛いわけではないが、いつもとは違う動きをしたときに激痛が走るのだ。
そのとき私は「ゲキトゥ!」と言って、泣きながら右肩を抑えた。

とは言っても、いつも痛いわけではないから放っておいた。
「四十肩」かもしれないし、などと思ったりもした。

先日、貧血の検査で毎月診ていただく掛かり付けの女医さんに、遅い四十肩ですかねえ、と何気なく聞いてみた。
しかし、女医さんは、アッサリと言ったのだ。

「それは、交通事故の後遺症ですね」

え? いまごろ出るんですか?

「人間の体は、不思議なんですよ。そのときは何ともなくても、数ヶ月後に現れることがあります。Mさんの場合、体の左側に痛みが出ましたが、それは直接的な被害だったわけです。でも、事故のときには色々なことが体の隅々まで作用します。きっと、Mさんが自転車を車の下に転がしたときに、必要以上に右肩に負荷がかかったのかもしれません。これから先は、専門分野の先生に聞いた方がいいでしょう」

ということで、左半身を負傷したときに診ていただいた医師が同じクリニックにいるので、流れ作業的に診ていただいた。

「ああ、これは交通事故の後遺症でしょうね」と嬉しそうに言われた。
「あとで出てくることも稀にありますからね・・・間違いありません」
虫歯の一本もなさそうな白い歯を見せて笑った。

殴ろうか?

医師に、軽く肩と上腕部をひねられた。

これは? と聞かれた。
(痛いよ!)
6回違う角度に、ひねられたが、全部痛かった。

医者とはすごいものだ。
患者を簡単に虐めることができる。
コイツには、逆らわない方がいいと思った。

「では、リハビリをしましょう」と言われた。
リハビリ? この程度で?

「この時期に痛みが出て来た場合、重症化する恐れがあります」と、また嬉しそうに笑った。

殴られたいのか?

その医師の笑顔が気持ち悪かったので、大人しくリハビリをした。
15分程度、肩関節の可動域を広げる動作をした(痛かった)。

週に2回来てください、と言われたので、先週は真面目に行った。
しかし、今週は忙しかったので行っていない。

おそらく、これからも行かない確率は110パーセント。
なぜなら、リハビリの方法を覚えてしまったから。
毎日5分程度、リハビリをした。

おかげで、肩の調子はいい。
先発完投は無理だが、1イニングくらいなら投げられそうだ。

 

・・・ということで、今回の中途半端な結論。

交通事故も怖いが、医者も怖い(容赦なく虐めるから)。

 

7年目で3回目

「今日もまたスポーツサンダル?」と七恵に言われた。
睨まれた。

国立駅前のカフェだった。
これから、七恵の母親の墓参りに行く。

前日の水曜日は、台風の風がまだ残る中、幕張の「ギガ恐竜展」に付き合わされた。
恐竜展と母親の墓参りのために、1泊2日の予定で仙台から出てきたのだ。

恐竜展は、天気が悪かったせいか、それほど混んでいなかった。
ただ、展示物に圧倒され、七恵のはしゃぐ姿に圧倒された。
とは言え、恐竜展そのものには心が躍った。
久しぶりに時を忘れた。

疲れたが。

私の大学4年の娘は、私の影響を受けたせいで、恐竜が好きだった。
アノマロカリスが特にお気に入りだ。

しかし、七恵が恐竜が好きだったとは意外だった。
トリケラトプスがお気に入りだという。
お土産にワイレックスのキーホルダーとペンタケラトプスのぬいぐるみを買っていたのには笑った(子どもか!)。

26歳になったんだよな。
「だから何? ロマンに年齢は関係ないでしょ。ボディにパンチされたいの?」

七恵の母親の長谷川邦子には、大学時代に腹に3発パンチをもらった。
邦子の養女の七恵には、2発。
血の繋がりが薄い割には、よく似た親子だ。

母さんと、そんなところで張り合おうと思うなよ。
「張り合おうとは思わないけど、マッちんが、いつも変なことを言うから」

還暦近いガイコツが、26歳の小娘に「マッちん」と呼ばれる滑稽さ。
「威厳」は、どこに売っているのだろうか。
「ドン・キホーテ」に行けば、あるだろうか。

 
「さあ、墓参りに行こう」
主導権は、いつも七恵だった。
はいはい、と言うしかない。

国立駅からタクシーに乗った。

タクシーの中で、長谷川は元気にしているか、と七恵に聞いた。
長谷川は、私の大学時代の同級生で、邦子の一つ上の兄だった。
2年前までは、中堅商社の社長をしていたが、今は辞めて、病院の医師をしている奥さんのサポートにまわっていた。

「長谷川の伯父さんは、とっても元気。でも、貫禄があり過ぎて、ちょっと老後感が出てきたかな。でも、その点、マッちんは、必死感と悲壮感が漂っているから、伯父さんよりも10歳は若く見えるわね」
マッちんと呼ばれたあとに何を言われても嬉しくはないし、悲しくもない。

 
1年ぶりの多磨霊園。
去年も七恵と来た。

七恵に、また強く言われた。
「黄色いTシャツとモスグリーンの短パン、それにスポーツサンダルって、墓参りの格好じゃないでしょうに!」

スーツで来て、と言われればスーツで来たさ。
言われなかったから、この恰好で来た。
文句を言われるとは、思わなかった。

「そんなに、ボディにパンチが欲しいの?」

墓場は、ボクシングのリングじゃない。
暴力が一番似合わない神聖な場所だ。
さあ、儀式を始めようか。

強く睨まれたが、無視した。
(あとが恐い。腹筋に力を入れた)

 
儀式は、簡単に終わった。

終わったあとで、七恵が「空を見て」と言った。
空を見た。
晴れ間がなかった。

厚い雲が真上にあった。
セミがうるさいくらいに鳴いていた。
一回目に来たときから、セミはいつも鳴いていた。

五月の蠅よりも五月蝿くて、物悲しかった。
だから、私はセミのことが大嫌いになった。

 
「母さんにいま報告したことを教えるね」と七恵。

「プロポーズされた」

唐突な展開だ。
それで、どう答えたんだ。

「正式に言うとプロポーズではなくて、結婚を前提に付き合ってほしいって言われたの。バイクのツーリング仲間のうちのひとり」
受けたのか。

「断るつもり」
そうか、好みではないのだな。

「好き嫌いは別にして、まだ結婚する気はないから。まだ、母さんのやり残したことを、あたしは何もしていないから」
「母さんは、独身を貫いて仙台支社を大きくした。そして、もっと大きくするはずだった。それを受け継ぐのがあたしの役目だと思うの」

それは、結婚してもできるのではないか。
そこまで母親の真似をすることはないだろう。

まだ、二人して空を見上げていた。
ときどき、小さな雨粒が落ちてきた。
空が、「お前も泣け」と言っているみたいだ。

「あたし、最近、本当に母さんのおなかから産まれてきたんじゃないかって、すごく思うんだ」と七恵が、空を見上げたまま笑いを含んだ声で言った。

それを聞いて、母さんも喜んでいるだろうな。

「だとしたら」と言いながら、七恵が空を見上げながら、顔を私の方に向けた。
笑顔だった。
「だとしたら、父親は誰だろうね」

俺じゃないことは確かだな。こんなお転婆・・・。

グワッ。

腹にパンチが飛んできた。

 
 
7年目で3回目!

 

エスさんの罠

前回は黒い猫さんの配送に関する対応を載せた。

今回は、引っ越しのエスさんの話をしようと思う。
武蔵野のオンボロアパートから、国立のマンションに引っ越したのは、オーナーの都合でアパートを解体するためだった。
だから、引っ越しに関わる費用をすべてオーナーに出していただいた。

オーナーからは「Mさんは忙しいから『おまかせパック』にしたらどうだい」と薦められた。
しかし、ヨメが「ちょっとは引っ越し気分を味わいたいから、完全おまかせにはしたくない」と言って、ワンランク下の「Bコース」にした。
2月28日には、韓国に留学していた娘が帰ってくるので、前日の引っ越しを申し込んだ。

トラックに空きがあると言われ、27日の予約を確保した。
だが、次の日に、担当者から「手違いで、27日のトラックが手配できなくなったから、28日にしてほしい」という連絡があった。
「迷惑をかけるので、引っ越し代金を1万5千円まける」と言われた。

安い方がいいので、了解した。

引っ越し代金の中には、エアコンの取り外し、取り付けも含まれていた。
設置業者は2月26日に来て、エアコンを取り外し、3月1日に取り付ける予定となった。

3月1日は、私は仕事の打ち合わせがあったので、立ち会うことができなかった。
ヨメと娘が立ち会った。

そのとき、業者が「エアコンの配管が短い。しかも、ところどころ傷んでいるので、新品にした方がいい」と言った。
おかしな話だ。
それなら、取り外したときに言えばいいではないか。
なぜ、取り付けのときに突然言い出すのだ。

配管代1万2千円。余計な作業をするのだから、2千円の作業代金プラス消費税を払えと言われ、ヨメは抵抗することなく支払った。

引っ越し代金を1万5千円まけてもらったのに、本来なら引っ越し代金に含まれているはずのエアコン設置代金1万5千120円を支払わされた。
ほぼ、差し引きゼロとなった。

そこで私は、これはエスさんと業者が結託して、まけた1万5千円を回収しようと目論んだのではないか、と疑った。

エスさんの担当者に電話で抗議した。
電話口で怒るのは、みっともないものだが、私は腹を立てた振りをして、大声でまくしたてた。

「なぜ、取り外しのとき、配管が傷んでいることを指摘しなかった。配管が短いと言ったようだが、計ってみたら、4メートルぴったりではないか。短くはない。これは悪質な手口だ。詐欺で訴えるから覚悟しなさい!」

私の剣幕に慌てた担当者は、1時間後にやってきて、金を返してくれた。
ゴニョゴニョと謝っていたが、私は一言も発しなかった。
担当者が平身低頭で帰っていくときだけ、私は「客をなめるな」と担当者の背中に言葉を突き刺した。

 
私は、たった一例だけで、エスさんを悪徳業者と決めつけるつもりはない。
仕事はたいへん丁寧だった。
バイトさんたちも手際よく処理をしていた。

だからこそ、最後にケチがついたのが残念で許せなかった。

ただ、引っ越し業界を知る上では、いい経験になった。

 
そんなことを杉並の建設会社の顔デカ社長に言うと、「先生よお、ちょっと対応が上品すぎるぜ。俺だったら、10分は罵倒してるな。そのあと、弁護士に電話だ」とデカい顔を近づけてきた。

ち、近すぎる。

「20年前、会社をやりはじめた頃は、俺も若かったから、業者にバカにされてよお。いい加減な仕事をされたもんだぜ。こっちが発注者なのに、請負の方が態度がでかいなんて、ふざけた話だろ。だから、俺は、年上だろうが、経験が俺よりも上だろうが、怒鳴り散らしてやったんだ。怒鳴っても効かない場合もあるが、少しでも俺の会社やお客さんに損害を与えたら、すぐ訴えたよ。結局、最後は泣いて謝るんだが、後味は悪いわな」

「その引越し会社は、仕事は丁寧でも、きっと営業のヤツラが、客をなめてるんだよ。隙があれば、客から金を毟り取ってやろうって、心の中では思ってるんじゃねえかな」

「俺は、社員にはいつも『客を裏切るな。仕事を裏切るな』って、くどいくらいに繰り返しているんだ。そして、『業者を信じるな。現場を支配しろ』とも言っている」

「その設置業者は、先生がいたら、そんな汚ねえ仕事はしなかったと思うよ。おそらく奥さんと娘さんを見て、この二人は、現場の支配者じゃないと思ったんだろう。ひでえ話だ」

「ああ! 話している間に、だんだん腹が立ってきたぜ! 先生よお、その設置業者を呼んでくんねえか。俺が懲らしめてやるからよお!」

デカい顔がまた近づいた。

いえ、もう5か月前のことですから、私はもう完全に過去のことだと割り切っておりますので・・・・・。

顔デカ社長は、「そうかい」と頷きかけた。
しかし、まるで獲物を見つけた顔のでかいサイのような鋭い目で、私にまた顔を近づけたのだ。

ち、近すぎる。

「先生よお、その業者、俺のところで使ってみるわ。ちょっと根性叩き直してやろう。電話番号を教えてくれねえか」

 
つい教えてしまった。

 

ワシも・・・悪よのお。