嘘が本当になった

国立のバーミヤンで、テクニカルイラストの達人・アホのイナバと打ち合わせをした。

年に3〜4回発行される同人誌の仕事だ。
今回は7月20日発行のもの。
載せる記事は、10本。

この同人誌のメンバーは、依存癖が強い人が多いのか、「原稿が間に合わない」と泣きつく人が毎回2〜3人いらっしゃる。
その度に、私が執筆者に記事の趣旨を聞いて、原稿を起こすのである。
そして、ご本人に、それを推敲してもらって、形にするという変則的な流れになる。

言いたくはないが、ちょっと面倒くさい。
しかし、今回は間に合わなかったのは、1本だけだった。
少しホッとした。

他に、今まで厄介だったのは、原稿をテキストデータ化することだった。
執筆者に、ご高齢の方が多いので、ほとんどの方が手書きの原稿だ。
読みやすい字なら、それでもいいが、ほぼ全員が個性的な字で原稿を書かれる。

それをテキストデータにするのに、毎回時間を取られる。
その時間がもったいない。

私が、イナバくんにそう言うと、「あー、僕の奥さんの出番ですね」とヘラヘラと笑った。
アホのイナバの奥さんは、文字打ちが得意だという。
ブラインドタッチで、チャチャっと打つ姿は、惚れ惚れするらしい。

だから、昨年からは、その惚れ惚れするブラインドタッチを活用することにした。
それで、だいぶ楽になった。

打ち合わせは、20分ほどで終わった。
それから、ダブル餃子を食いながら、ジョッキをあおった。
ジョッキ、お代わり!

イナバくんは、春巻きと北京ダックをアホヅラして食っていた。
イナバくんは、昨年アラフィフになった。
私が知る限り、世界で一番ピュアなアラフィフだ。

アホのイナバは、冗談は時々通じる。しかし嘘には弱い。
少し考えれば、「ありえない」と思うような嘘でも、彼は簡単に信じるのだ。
ただ、それがイナバくんの愛すべききところではあるが・・・。

これは、稀なケースではあるが、4年ほど前、私はこんな嘘をイナバくんについた。

知っているかい、いまカレーパンを食パンではさむサンドイッチが流行っているって。
俺も食べてみたけど、これが意外にも美味しいんだな。
カレーパンの脂っこさが、食パンをはさむことによって、和らぐんだよ。

とてもアッサリとした、食感のいいサンドイッチになっているんだ。
君も今度食べてみるといいよ。

大嘘である。

しかし、イナバくんは、目を輝かせて言ったのだ。
「カレーパンのサンドイッチって、そんなに美味しいんですか。俺、絶対に食べます!」

イナバくん、そんなものは存在しないんだけどね。

だが、最近私のその嘘が、現実になってしまったのだ。
カレーパンのサンドイッチが発売されたらしい。

偶然、スーパーでそれを見つけたイナバくんは、即座に買ったという。
そして、興奮冷めやらぬ体で、電話をかけてきた。
「Mさん、ありましたよ、カレーパンのサンドイッチ。確かに美味しかったです。あれは、クセになりますね」

テキトーについた嘘が、本当になっちまった。

イナバくんが、北京ダックを美味そうに食いながら言った。
「Mさん、いま流行りの食べ物って何ですかね」

私は、即座に言った。
揚げないトンカツかな。

「えーーー、トンカツは油で揚げるから、美味しいんでしょう! あのサクッとした食感は揚げないと無理ですよ」

いや、イナバくん、それを出す店があるんだよ。

豚のロースを塩コショウして30分程度置いたあと、小麦粉をふって裏表を弱火でじっくりと焼くんだな。
それと同時に、食パンを細かくちぎって、カリカリになるまで炒るんだ。

そして、焼いた豚肉に溶き卵を裏表塗って、そのパン粉を、こんもりとまぶすんだよ。
それで、揚げないトンカツの出来上がりだ(これは、我が家のトンカツのレシピだ。そんなものが流行っているわけがない)。

サクッとした食感がたまらんぞ。
ヘルシーだし、胃ももたれない。
カロリーも低いから、高コレステロールに悩む方にも、うってつけだ。

「それ、すごいですね」とアホのイナバ。
「Mさん、その店は、どこにあるんですか。家族で、行ってみたいです!」

それは、自分で探さないとね。
いい店を探すのも、グルメの醍醐味だからね。

「ああ、そうですね。自分で探すのがゴダイゴですよね」

ああ・・・そうだね。

アナログ頭の猫飼い願望

極道コピーライターのススキダに呼び出されて、横浜大倉山の事務所まで行ってきた。

新橋のビストロのメニュー改訂の仕事だ。
今回で8回目になる。
このビストロは、半年に一回メニューを変える。大幅な改訂ではないが、それでも改訂したというのをアピールしなければいけないので、デザインには気を使う。

とにかくススキダがうるさい。
「変化を強調してくれよな。ありきたりの変化では、フレッシュ感がないからな」と偉そうなことを言うのだ。

ただ、原稿が揃うのが早いので、その点では計算が立てやすい。そこはありがたい。
商品画像はすべて揃っていた。
おすすめメニューのキャッチコピーも、すでにススキダが書いていたし、すべてのメニューの価格も決まっていた。

あとは、私のレイアウトだけという段階だ。
横630縦420の三つ折りという変形サイズだから、最初は戸惑ったが、一度やってみると、その変形サイズを逆手にとって余白をやや多めにしたら、全体が締まった。
そのレイアウトは、ずっと踏襲していた。

ススキダが、しつこく言う。
「メニューが変わったってのを一目で分からせるようにしてくれよ」

おまえ、毎回同じことを言うな。まるで昔の壊れたレコード盤みたいだ。
違う表現はできないのか。
おまえの頭にAIを入れてやりたいよ。いや、無理か。もともとアナログ頭だから、デジタルに変換するには、頭ごと取り替えないといけないもんな。
可哀想にな。時代に取り残されたコピーライターくん。

などと言ったら年代物の柱時計が、ボーンボーンと11時の時を告げた。
こんな時計を使い続けているのだから、頭がアナログになるのは、当たり前か。

うん、納得。

そんな私の意見を完全に無視して、「ところでな」と、小指を立てて持っていた紅茶のカップをテーブルに置いて、アナログ頭が言った。
「麗子(ススキダの奥さん)が、保護猫を飼いたいって言ってるんだ。どう思う?」

いきなり話が飛んだな。
まるで、レコードの針が飛んだみたいだ。さすがアナログ頭くん。

またも私の言葉を無視して、ススキダが話を続けた。
「おまえのとこの猫は、野良だったんだよな。懐くまで大変だったろ」

いや、ちっとも大変ではなかったな。向こうの方から懐いてきたから、最初は飼い猫だと思ったくらいだ。

我が家のネコ・セキトリは、武蔵野のオンボロアパートに住んでいたころ、庭に置いた段ボール箱に、勝手に住み着いていた。
最初から私を恐れなかった。
メシ食うか、と言って手に乗せたカニカマを差し出すと、警戒することなく貪り食った。

それ以来、最低1日2食は、私が出すものを毎日食った。
半分飼い猫のようなものだった。

そして、昨年の2月末、我が家が武蔵野から国立に越すに当たって、セキトリは家猫に昇格した。
ごっつぁんです。

セキトリは、怒らない。猫パンチもしない。爪も出さない。噛まない。大きな声も出さない。いたって平和で穏やかな猫だ。
だから、顔は犯罪的にブッサイクだが、我が家のみんなに愛されていた。

ススキダにセキトリの画像を見せた。
「おまえ、この顔・・・」とススキダは絶句した。

この顔を見たら、どんな猫でも可愛く見えるだろ。そこが、セキトリのいいところさ。
他の猫の引き立て役だ。

当たり前のことだが、猫ちゃんもそれぞれ性格が違う。
俺は、いい猫に当たったが、大抵は一度見ただけでは性格はわからない。
何度も足を運んで、性格を見極めることが重要だ。

場合によっては、人間のガキよりも難しいかもしれん。
言葉が通じないからな。

「では、悪いが、俺と麗子が保護猫ハウスに行くとき、最初だけ付き合ってくれないか。
クリアアサヒ・ワンケースで、どうだ」

ニャーーーーーー。

「ありがたい。
このあと国立まで車で送ってやるが、その前に俺はやることがあってな。一時間半ほど時間をくれないか」

お留守番ということだな。
毛づくろいをしながら、待っててやる。

いってらっしゃいニャー。

ブッサイクなご主人様は、肩を怒らせて出ていった。

あんな人間に懐く猫がいるとは、思えないが・・・。

思わず三度見した日

久しぶりにスーパー銭湯に行ってきた。

国立に越す前は、住まいが、比較的「おふろの王様」花小金井店に近かったので、小金井公園を走ったあとに、よく寄った。
月に1~2回は、寄ったと思う。

引っ越してからは、距離的に遠くなったので、足が遠のいていた。
だが、この間の木曜日に、小金井公園を走る機会があった。
ここ5年ほどのことだが、小金井公園でランニングをしていたとき、偶然出くわして、仲良くなった人がいたのだ。

その人は、フリーランスのドクターをしていた(外科が専門らしい)。
40代半ばのランニング好きだ。
毎年、家族揃って、ホノルル・マラソンを走っているという。

そのドクターが、私が国立に越して寂しくなったからなのか、昨年から「また一緒に走りましょ」と国立まで車で迎えに来てくれるようになった。
2か月に1回程度、小金井公園を10キロ走った。

そして、走り終わったあと、毎回焼き肉を奢ってくれるのが習慣になった。
今回も、その流れに沿って、焼き肉かと思われた。

しかし、「今日は、蒸し暑くて汗を大量にかきました。洗い流したいですね」とドクターが言ったので、それなら、スーパー銭湯にしますか、と私は答えた。

ドクターは、小金井公園のすぐそばに、スーパー銭湯があることを知らなかったようだ。
案内すると、「おお、おお、おお!」と興奮した。
そして、ザブーーーーン!

ドクター、贅肉のないいい体していました。
筋肉質ではないが、ガイコツの私よりは、人間の体に近いと言えた。

ドクターは、人間の裸を見慣れているせいか、人の体には興味がない模様(私もないが)。
ただ、傷跡は気になるらしく、「ああ、あれは胃を切った痕ですね」などとプロフェッショナルな一人言を発していた。

ようするに、体よりも傷跡ってことね。

風呂のあとは、食堂で遅い昼メシ。
ドクターはザルソバを2枚。
私は天ぷら盛り合わせと生ビールを2杯。

入館料もメシ代もドクター持ちでした。
いつもながらの「ゴッツァン体質」。
ごちそうさまでした。

帰りは、いつも通り国立まで、送っていただいた。
だが、そのとき、帰りの車の中で、ドクターが、何の力みもない声で、驚愕の内容をサラッと言ったのだ。

「2か月に1回は少なすぎると思いませんか。そうだ、僕も国立に引っ越してきましょう。そうしたら、もっと頻繁に一緒に走れますものね。いいですね。ナイスアイディアだ!」

 

え? え? え? (三度見)